お役所が変なころと思い始めたのは、5年くらい前だろうか…。
娘たちが、本当に自立して、家を出ていく話が、具体的になった。
長女は嫁に、次女はアパートを借りて、家を出ていく。
お役所を辞めて、自宅に戻る絶好のタイミングになった。
娘たちの旅立ちは、正直言って、かなり、寂しい…。
しかし、娘たちの成長を喜ぶべきなんだろうが、素直に喜べない自分がいる。
今、思い起こすと、前妻が他界してから、結構必死に子育てしてたような気がする。
前妻の肺がんが発覚してから、12年になる。
その頃の思い出が、頭をよぎる…。
辛いことは、多かったが、嬉しいことも沢山あった。
前妻が他界した時、長女が高校1年、次女が中学2年だった。
その1年後、次女が中学3年生。
高校進学である。
長女の学校の話を色々と聞いて、次女も同じ高校に行きたいと考えたらしい。
しかし、次女は長女に比べると、成績が少し悪い。
内申点は申し分ないが、テストの点数が足りない。
合否は、ボーダーライン上だった。
次女の担任も、塾の先生も、安全を考え、ランクを一つ落とすことを勧めていた。
高校の願書を請求する段階で、次女から相談を受けた。
長女も、安全を考えて、第2志望を受験した。
これは、前妻と長女が相談して決めたこと。
前妻が生きていたら、次女も第2志望にしたに違いない。
「成績に合わせて、志望校を変えるのは、どうなんだろう??
第2志望の学校が、面白くなかったら、お前、後悔しないのか??
行きたい高校の受験を失敗したら、あきらめがつくだろう。
私立高校に行っても、おまえに勉強する気持ちがあればできるし、その方が後悔しないんでないの。
最初から、あきらめないで、これから試験の日まで頑張れば、いいんじゃない。」
と、博打のような、無謀なアドバイスをしてしまった。
高校入試の当日になって、このアドバイスを私が苦しめた。
入試直前に、次女は風邪をひいて、熱を出した。
入試当日も、38度の高熱。ヤバイ!!体調万全でも、ボーダーライン。もう、絶望的…。この年から、体調のすぐれない子は、保健室で受験できるようになった。
次女は、保健室受験の第1号です。
合格発表の日は、休暇を取って、次女と見に行った。
状況を考えれば、絶対不合格確定。
無謀なアドバイスをした責任がある。
次女も、駄目だとあきらめている様子だが、
ひょっとしたらという可能性も…。次女と二人で、事実を受け入れなければならない。
受験番号は、258番。
あったー!!!!258番の番号が、掲示板にあった。
前妻が他界してから、涙腺が緩くなったようで、その番号を見て、涙があふれた。
次女に、「みっともないって〜。」と、怒られたが、
99%駄目だと思っていたのが、残りの1%だったという喜び。
よかったという安堵感。
「泣いても、いいべや」と思ったが、言葉にならない。
自分が高校入試に失敗して、次の年に、高専と普通高校に合格した時も嬉しかったが、それ以上に嬉しかった。
誰に似たのか、勝負強いじゃん!!
前回の記事は、ちょっと暗かったので、今日は嬉しい話で更新しました。
(タイムリーな話でないですが…)
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