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2年ぶりに開催されるの高専の同窓会に参加した。
これで、何回目の参加だろうか?
札幌近郊に来てからだから、多分6回目だと思う。
最初は、知らない人ばかりで、1回参加してから、暫く案内が来ても行かなかった。
2回目の参加からは、連続5回出席。

理由は簡単。札幌支部の事務局長を同期の人間がやっているから、動員がかかり、半強制参加が義務付けられるようになったからだ。
会を重ねるごとに、知っている人も多くなり、自然と楽しみになっている。

いつもは80人から100人程度集まるのに、今年は例年の6割の55人。
その代りに、第7代目の校長先生が参加された。
見た感じ、今の校長とたいして、年が変わらない。
初代校長を知っている私って…。(と、言っても1年生の時だけ)
感慨深いものがある。

同期のN氏が事務局長になってから、参加者も私の同期と1期下の者が約2割を占める。
テーブル2つが、顔見知り。
宴会が始まっても、先輩に挨拶に行かない。誰もテーブルを立ち上がらず、逆に先輩がビールを持って、酒を注ぎにやって来る。「俺たちって、態度悪いよなぁ。」と言いながら、誰も席を立たない。
私らは11期で、一番下っ端は41期。先輩は、単純な比率で、1/4程度しかいないから、私らは彼らの大先輩の部類に入るんだ。(これが、先輩に挨拶に行かない理由にはならないが・・・。)
まぁ、11〜12期の土木工学は、同窓会の札幌支部の巨大派閥だから、これでいいのだ。

同窓会の締めは、校歌斉唱。
学生の時は、全然感じなかったが、卒業してから30年。
年も取り、校歌を作詞した初代校長の思いがわかるようになった。
若い人へ託す思い。これからは、君達が社会を作るんだという、初代校長の思いが心に伝わってくる。
なぜか、校歌を歌ったら、涙が出てきた。それが、私だけ…。
涙もろいのも、困ったものだ。


話は変わるが、鬚を生やして10カ月、坊主にして5か月。
私の顔を知っている者は、すぐに私だと気付かない。
私だと、気づいたときのリアクションが面白かった。
一瞬、ビビるが、私の性格が変わったわけでないから、すぐに元通りになる。
ビジュアル的にメキシコ人に見えるそうだ。
小学生のころ、フランケンシュタインに似てると言われ、
28歳の頃、フィリピン人の女性がいるパブで、フィリピン人に間違えられたことがある。
私の顔って、そんなに日本人離れしているのか??



通勤途中、JR駅入口に、坊主頭でサングラスをかけ、髭を生やし、紫色のスーツに、ピンクのワイシャツを着ている、どっから見てもチンピラに見えるあんちゃんを見かけた。

なかなか、威圧感のあるファッションセンス。
自分も、坊主頭で髭を生やし、スーツ姿で濃い目の色のワイシャツに同系色のネクタイ。
文章にすると、ほとんど同じ表現になる。スーツの色が違うだけか??
この際だから、眉も薄くなったから、剃ってみようか…。


あのあんちゃんを見ていたら、25年位前の出来事を思い出した。
私が、独身の頃、それこそチンピラと同じ格好をして街を歩くのが好きだった。
その日は、アロハシャツ、ボンタに雪駄を履いて、繁華街をあてもなくぶらついていた。
突っ張った高校生も避けて通る。(これが、快感!!)
しかし、遠くに似たような恰好をした2人連れが目に入った。
じーっと私を見ている。
本能的に、ヤバいと思った。
どんどん、距離が縮まっていく。
私から、視線を外さない。
本当にヤバい。
突然走り出したら、追いかけてくるに違いない。
私は、走るのが遅い。
逃げ出しても、すぐに追いつかれる。
その結果は、容易に想像がつく。
このまま、歩くしかないと思い、ついにその2人組とすれ違った。
その瞬間、
「ちょっと、待てやぁ。お前、どこの組のもんだ。」
あ〜〜。やっぱり…
期待を裏切らない行動を取ってくれた。
本当に、ビビりました。
頭はパニック!!心臓はドキドキ!!
善後策も考える余裕もなく、「公務員と言っても、信じてもらえないよな。」と思うだけ…。
良くて、ボコボコかと、覚悟を決めるしかないと、開き直った矢先に、
2人組のもう一人が、
「あれ〜。お前、何してんだ??」と、親しげに声をかけてきた。

中学校の時に、隣のクラスにいた奴だ。
その時、彼の顔に後光がさしていた。
「これで、助かった。」と、ひと安心。

「お前、そんな恰好で、何やってんのよ。」
「一応、公務員やってるけど。」
「ばかやろう。今な、抗争中でパトロールしてんだぞ。紛らわしい恰好で歩くな!!」
と、説教された。
ちょうど、山口組の抗争中で、当時の函館も山口組系の組があって、彼はそこの構成員。
彼は、中学生の頃は不良と呼ばれる人物で、暴力沙汰を起こしたことがあった。
まさか、本物になっているとは…。
でも、彼のおかげで、痛い思いをしないで済んだ。
今も、感謝している。
それから、彼には会っていない。
今、何をしているのか??知る由もない。

私は、やくざに説教された公務員だ。
やくざファッションは、今でも好きなんだよなぁ〜。
年取ったから、怖いもの知ったから、やくざファッションで、繁華街は歩かない。



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前妻の母の葬儀行ってきた。
再婚した際に、前妻の親戚に対して、けじめを付けずに再婚してしまい、前妻の実家は敷居が高く感じていた。
こういうことがあって、敷居が高いとか、私の感情と関係なく、「北海道から、よく来てくれた。」という感謝の言葉で迎い入れてくれた。
本当に、ありがたい話である。

前妻は4人兄弟の4番目。
兄弟の仲が良い今時、こんなに絆の強い兄弟がいるのかいう位、仲の良い兄弟。
それだけ、仲が良いと他人が入るのは、難しい。
2番目の兄貴の奥さんは、何故か嫌われているみたい・・・。

何故、私が受け入れられた理由が良くわからない…??
前妻の親戚には、けじめを付けずに再婚をしたのにも、かかわらず暖かい歓迎を受けた。
前妻が45歳で病死して、彼女は幸せだったと、親兄弟は思っているに違いない。

そうでなければ、こういう歓迎される状態はあり得ない。
彼女が、幸せだと思って旅立ったのは、彼女しか知らない。
彼女が病気の時は、私なりにできることをしたつもりだけど…。
それで、彼女が幸せだったとは、自分は断言できない。
「もっと優しくできたよなぁ。」という後悔が、頭から離れない。

こういうことを書くと、今の奥さんのお友達から、非難のコメントが沢山来るかもしれない。
今の奥さんに失礼だとか…。エトセトラ、エトセトラ

でも、今の奥さんに、自分の後悔した反省を踏まえて優しく接しても…。
ですよ。
何故か、悪循環にはまって、出口が蜜からない状態が続いている。

5月の事件を、今の妻はどう思っているのか?
自分としてはあの事件を、とても重く捉えているけど、妻はどう思っているのか、わからない。
自分の思いを、口頭で伝えたら彼女のダメージが大きくなると思って、3週間かけて手紙を書いて、渡したけど伝わっているのか?わからない状態。
結婚する前のアクティブな気持ちになって欲しい。
知り合った頃は、「このままじゃ駄目。何か動かなければいけない。」という、気持ちになって積極的に自己改革をしていた彼女。
一緒に暮らし始めた途端に、依存心が異常に強くなり、私が惚れた人と思えない程、簡単に変った彼女。

せめて、病気と戦おうとする姿勢だけでも見せて欲しい。
それだけで、自分の気持ち的に、5月の事件はチャラにできるのに・・・。


なんか、話が脱線しちゃった。
前妻の兄弟が、仲が良くて暖かい人達だということを書いたつもりが、今の奥さんの愚痴になってしまった・・・。
でも、今の妻のことを、どうするのが、良いのか。
答えは見出せないけど、考えているんですよ。これでも…。
(妻は、嘘つき、この野郎と、思うかもしれないけど…。)
普段の接し方も良くないと言う自覚はあるんですけど…。
自分は人間ができていないんだなと、反省の毎日が続いている。

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葬儀が続いている。
約1ヶ月半の間に3回もあった。
先週の金曜日に、役所に入ってから、お世話になった先輩(お世話したのか??)が、病気で高いした。
まだ、62歳の若さで…。
私と10歳しか違わない。
その先輩は、声が大きく、口悪い。体格もいいから、迫力があった。
でも、気持ちの優しい人で、私は好きな方だった。
殺しても、死なないような人だと思っていたのに、病気であっけなく、旅立って行った。
感慨深いものがある。
通夜の会場に入ったら、見覚えのある祭壇。
そらそうだ。前妻の葬儀をやった会社と同じ。
祭壇の飾りつけも同じになるはずだ。

葬儀が続くなぁと思っていたら、昨日娘からの電話。
前妻の母がなくなった。
私の母より、4〜5歳年上だから、80代中。
10年前から、腰と膝を痛めて、ヨタヨタしていた。
買い物に行くのも大変だったよね。
頑張ったね。ばあちゃん。

今の私にとって、関係がないが、娘達の祖母にあたる人だ。
前妻が生きていれば、服喪休暇となるが、今回は駄目らしい。
娘の祖母だと、事務方に交渉したが、簡単に却下された。

でも、葬儀に行かねばなるまい。
明日は、妻の実家の秋田に行き、明後日が葬儀。

天国で、じいちゃんと娘が待ってるよ。
ばあちゃん、お疲れ様でした。

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